パワハラが引き起こす消防職員の分限免職処分の適法性

職場でのパワハラはただの「厳しい指導」ではありません。
特に、緊急サービスを提供する業務では組織に与える影響は計り知れないものです。
今回は、パワハラに基づく分限免職処分の適法性が争われた判例について解説します。
【判例 最高裁判所第三小法廷 令和4年9月13日

事件の背景

この事件の被告人は、1994年4月に地方公共団体の消防職員として採用されました。
彼は長い間消防職員として勤務し、その経歴の中で、約30人の部下に対して様々な形でパワハラ行為を行いました。これらの行為は2004年4月から2014年7月の間に繰り返されました。その被害総数は約80件に上ります。

パワハラ行為の具体的な内容

  1. 暴力行為
    訓練中に部下を蹴ったり、叩いたりする行為がありました。具体的には、太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2キログラムの重りを放り投げて頭で受け止めさせるなど、肉体的な暴力が含まれています。
  2. 暴言
    「○すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、「殴り○してやる」といった、脅迫的または侮辱的な発言を繰り返し行っています。
  3. 卑わいな言動
    訓練中に陰部を見せるよう要求するなどの、性的な嫌がらせを含む行動がありました。
  4. プライバシーの侵害
    部下の携帯電話に保存されていた私的な情報を無理やり閲覧し、「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為が含まれています。
  5. 報復の示唆
    被告人の行為を上司等に報告する者に対して、「土下座を強要する」、「そいつの人生を潰してやる」と発言するなど、報復を示唆する言動も行われました。

これらの行為は、消防職員の間で密接な人間関係が形成されている特有の職場環境の中で行われました。被告人の行為は職場の雰囲気や部下との関係に悪影響を及ぼし、組織全体の効率と士気に悪影響を与えました。これが、地方公務員法に基づく分限免職処分の根拠となったのです。

原審の判決

原審(一審)においては、被告人の行為が確かに問題があることは認められました。しかし、その判断においていくつかの要因が考慮されました。
一つは、被告人が勤務していた消防組織が持つ特有の職場環境です。この環境では公私に密接な人間関係が形成され、部下への厳しい指導が一般的でした。そのため、被告人の行為もこのような職場の文化の一環として発生したものと見做されました。

また、被告人には過去に行為を改善するための具体的な機会が与えられていなかった点も重要な考慮事項でした。つまり、彼に対する指導や警告が不十分であり、改善の機会を提供する前に最終的な処分が下されたという点が、原審で処分が過重であると判断される要因となりました。

最高裁の判断

しかし、最高裁はこの原審の判断を覆しました。
最高裁の見解では、被告人の行為が長期間(約14年間)にわたり、かつ広範囲(約30人の部下に対して約80件の行為)にわたって繰り返されたこと、そしてその行為が消防組織に与えた影響の深刻さを重視しました。特に、被告人の行為が組織内での信頼関係を破壊し、職場の士気と効率を著しく低下させた点が評価されました。

最高裁は、公務員としての適格性を重視し、被告人が示した行為の性質が消防職員としての資質を欠くことを示していると判断しました。このため、地方公務員法第28条第1項第3号に基づく分限免職処分が適切であり、必要な裁量の範囲内であると結論づけました。この判決は、公務員の裁量権の行使に関する法令の解釈と適用において重要な指標を提供し、公務員の行為が職務遂行に及ぼす影響を評価する際の基準として機能します。

(降任、免職、休職等)

第二十八条 職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。

一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合

二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合

三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合

四 職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合

地方公務員法

まとめ

このケースは、職場でのパワハラがどれほど深刻な問題であるかを示す一例です。
消防職員のような重要な職務を担う者には、高い倫理規範が求められます。

最後に

今回はパワハラに基づく公務員の分限免職処分の適法性について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が行政法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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