もう家系図作成は行政書士の業務ではない?家系図裁判を解説

かつて、家系図作成と言えば行政書士の代表業務の一つでした。
自分も過去に家系図作成専門の行政書士事務所を見たことがあります。
かつては一世を風靡した家系図作成業務ですが、もう過去のものとなってしまいました。現在では家系図作成専門の行政書士事務所はほとんど見られなくなりました。
原因は、時代の変化や世の中のニーズの変化など様々だと思います。
今回は、その原因の一つとなっているであろう有名判例「最高裁判所平成22年12月20日第一小法廷判決」を解説します。
結論から言えば、この判例は「家系図作成は行政書士の独占業務」ではないという判旨です。
この判決以降、家系図作成業務はより一層に斜陽化してしまったようです。

事件の背景


被告人(以下Aとします)は行政書士ではないにも関わらず、第三者と共謀して家系図の作成を業としていました。
この報酬は3通で合計約33万円、1通当たり11万円です。なかなか良い値段ですね。
また、後にこれ以外にも5件の家系図作成に関与していたことが判明します。

Aはこのことが原因で刑事告訴され、刑法60条および行政書士法21条2号、同19条1項を根拠として懲役8カ月の執行猶予付き判決を受けました。Aは控訴しましたが、2審でもこの判決は維持されます。
少し解説すると、刑法60条は共同正犯、分かりやすく言えば連帯責任で全員同罪ということです。また、行政書士法19条1項は行政書士以外が行政書士の独占業務をしてはいけませんということ、更にこの罰則規定が同法21条2号で、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が定められています。

つまり、1・2審では「家系図作成は行政書士の独占業務」というのが裁判所の見解だったのです。

行政書士の独占業務とは?

少し脱線しますが、行政書士の独占業務について今一度確認してみましょう。
これは行政書士法において以下のように定められています。

(業務)

第一条の二 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(…)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。

2 行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。

行政書士法

すなわち、法令上で明確に行政書士の独占業務と謳われているのは以下の3種類です。

  1. 官公署に提出する書類の作成代行
  2. 権利義務に関する書類の作成代行
  3. 事実証明に関する書類の作成代行

また、同法第一条の二において特定行政書士の業務が記載されています。しかし、今回の本筋とは趣旨が異なるので省略します。

行政書士業務の分類と家系図作成の位置づけ

上記3種類の業務のうち、官公署に提出する書類というのが、いわゆる許認可業務です。行政書士業務の王道中の王道です。
行政書士≒許認可というパブリックイメージは根強いものがあります。自分も許認可以外の業務はやったことがありません。今後もやるつもりはありません。

また、権利義務に関する書類の作成とは、役所に提出するものではないが、私人間の権利義務を確定させる効果を持つ書類の作成を指します。具体的には契約書や就業規則、遺産分割協議書の作成が該当します。行政書士業務の中では最も弁護士に近い業務といったイメージです。

また、事実証明に関する書類とは、実生活で公的な証明を有する事項を証明する書類です。具体的には自動車登録事項証明書、財務諸表、各種図面が該当します。ありのままの事実を証明するための文書なので、これは名称の通りですね。

これらの業務のうち、家系図作成業務は事実証明に関する書類に該当すると長らく考えられていました。
そのため、行政書士以外の者がこれを業として実施した場合は違法であると誰もが解していました。

最高裁で判決が覆る  裁判長「おめーの独占業務じゃねぇから!」

しかし、事態は最高裁で風雲急を告げることとなります。

なんと、これまでの判決を覆し「家系図作成は行政書士の独占業務に非ず」という見解を示したのです。
これには法律専門家、特に行政書士は騒然としました。これまでの常識が足元から崩れ落ちたのですから、無理もありません。
しかも、前提として1審2審ともに「家系図は事実証明に関する書類である」と裁判長からのお墨付きを貰っていたのです。
これは今まで信頼していた家臣が突如として寝返ったような衝撃的な展開です。

判旨は以下のようなものでした。

本件家系図は、自らの家系図を体裁の良い形式で残しておきたいという依頼者の希望に沿って、個人の観賞ないしは記念のための品として作成されたと認められるものであり、それ以上の対外的な関係で意味のある証明文書として利用されることが予定されていたことをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。そうすると、このような事実関係の下では、本件家系図は、依頼者に係る身分関係を表示した書類であることは否定できないとしても、行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に当たるとみることはできないというべきである。

同判決理由書より抜粋

つまり、あくまでも個人の趣味の範囲での用途として作成されたものだから、事実証明に関する書類に該当しないという見解です。
さらに、裁判長の宮川光治氏の補足意見は無情にも以下のように続きます。

そもそも、家系に関する人々の関心は古くからあり、学問も成立しており、郷土史家をはじめとして多くの人々が研究調査し、ときに依頼を受けて家系図の作成を行うなどしてきたのである。そして、家系図の作成は、戸籍・除籍の調査にとどまらず、古文書・古記録を調査し、ある程度専門的な判断を経て行われる作業でもある。行政書士は、戸籍・除籍の調査に関しては専門職であるが、それを超えた調査に関しては、特段、能力が担保されているわけではない。家系図は、家系についての調査の成果物ではあるが、公的には証明文書とはいえず、その形状・体裁からみて、通常は、一見明瞭に観賞目的あるいは記念のための品物であるとみることができる。家系図作成について、行政書士の資格を有しない者が行うと国民生活や親族関係に混乱を生ずる危険があるという判断は大仰にすぎ、これを行政書士職の独占業務であるとすることは相当でないというべきである。

同判決理由書より抜粋

もはや暴力的と言っても過言ではない強烈な正論です。特に、行政書士は戸籍調査のプロだが、それ以外の能力に長けているわけではないという部分が妙に胸に刺さります。
また、たかが家系図が国民生活に危険を及ぼすわけがないという部分も「あ…はい…」としか言いようがありません。
このようにして、家系図作成業務は完全に行政書士の独占業務から除外されることとなったのです。

家系図作成は行政書士はできないのか?

では、家系図作成を行政書士ができないのかというと、それは曲論です。
この判決は、家系図作成は行政書士の「独占業務」ではないという結論です。
つまり、行政書士しかできないのではなく、全国民が平等にできるという意味です。
とはいえ、士業ではない者は職務上請求ができないため、他人の戸籍や除籍を勝手に暴くことは許されません。やはり無資格者に簡単にできるものではないのです。
なお、家系図作成業務で職務上請求書を使用することの是非については以下の記事で解説しています。よろしければ御参照ください。

家系図作成業務で職務上請求書を使用できる?行政書士法の解釈

行政書士は業務を行う際に職務上請求書を使用することができます。しかし、この職務上請求書の使用には非常に厳しい制限が設けられています。今回は職務上請求書を使用で…

ちなみに余談ですが、結局のところ当該事件では被告は行政書士から職務上請求書を不正取得して戸籍を収集していたため、その業務の在り方が違法であったことには変わりありません。

最後に

今回は家系図作成業務と行政書士の独占業務について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が行政書士の業務について学びたい方の参考になれば幸いです。

また、この他にも有益な情報を逐次投稿しております。よろしければ他の記事もご覧ください。
投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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