なぜ賃借権に抵当権を設定できないの?
自分が行政書士受験生だった頃、民法の学習でかなり頭を悩ませていたことがあります。
それは「地上権に抵当権を設定できるのに、賃借権には設定できない理由」です。
この問題は、ほとんどの法律系書籍でも理由までは解説されていないと感じます。
自分は行政書士試験のテキストや問題集も市販の物は一通り目を通してきました。しかし、いずれも記載はありませんでした。
この問題は行政書士の専門講師ですら理由を答えられないことがある難問です。
実際、過去に某行政書士講座専門講師の生配信講義で間違った理由を解説してしまい、視聴者からダメ出しを受けて訂正していた場面を見たことがあります。
今回はこの難問について解説します。
ちょっとした息抜きのつもりで読んでいただければ幸いです。
目次
結論:抵当権は不動産に関し「登記することができる物権」にしか設定できないから
まず、条文上、抵当権が設定できるのは不動産に関する所有権、地上権、永小作権です。
第369条
根拠法令:民法第369条
- 抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
- 地上権及び永小作権も、抵当権の目的とすることができる。この場合においては、この章の規定を準用する。
なお、相当に学習が進んでいる方なら「他にも工場抵当があるじゃないか!」と思われた方もいると思います。
しかし、これは民法ではなく工場抵当法という法律を根拠とするため、民法の抵当権とは微妙に種類が異なります。
さて、所有権は完全に物体(この件の場合は不動産)を支配する権利です。所有者がどのように使用しようが構いません。捨てても放置しても許されます。
地上権と永小作権はどちらも一定の目的で土地を借りる権利です。地上権は竹木所有または工作物の設置、永小作権は牧畜または耕作を目的としています。
この3つの権利には共通した事項が2つあります。
1つは対象となる不動産に関して自己の意思で支配できる権利であるということです。
もう1つは登記可能な物権であるということです。
抵当権は対象の不動産に一方的に競売を仕掛けることができる強制力を持った権利です。なので、行使する際は抵当権自身が登記によって公示されている必要があります。当然ながら、執行の対象となる不動産と権利も登記で公示されていなければなりません。
「登記は無いけど、口約束でアイツの土地に抵当権設定したから競売しろ」と言われても裁判所も困ります。真偽不明だからです。
そのため、抵当権の対象は「不動産を支配できる登記可能な物権」に限られるのです。
賃借権の特性
賃借権とは、対価を払って不動産を借りる権利です。
アパートなどを借りる時にする契約がこれに当たります。
これは借主と貸主の契約によって生じる権利ですので、当然、債権です。
債権であるため、抵当権設定の大前提である物権ではありません。
また、原則として債権は登記ができません。しかし、賃借権は特別に登記することが認められています。
ただ、あくまでも登記できるというだけで、実際に登記する人はほぼいません。
否、いない、というより出来ないのです。
前提として、登記するには貸主の承諾が必要です。その承諾は口約束ではなく書面による特約として証拠を残さなければなりません。
また、土地の一部を賃借している場合は分筆登記を先にしなければなりません。建物の一室を賃借している場合はその建物が区分所有建物として登記されていなければなりません。
つまり、登記すること自体が非常にハードルが高いのです。
しかも、貸主の承諾がなければ他人に譲渡することもできません。この承諾も当然、書面による特約として証拠を残さなければなりません。
これでは、仮に抵当権執行により競売しても買い手が付くはずもありません。
また、設定次第では永久に不動産を借りられる地上権と違い、賃借権は借用期間に上限があります。
このため、賃借権は抵当権の設定には馴染まないのです。
根本的な理由を考える重要性
では、次に法律を学習する上で理由を考える重要性について解説します。
文系学問と理系学問で理由の重要性は異なる
冒頭で記述した通り、ほとんどの法律系資格の受験参考書にはこの理由までは記載されていません。
それもそのはず、法律系資格にとって根底となる理由を覚えることは優先順位が低いのです。
数学や物理等の理系学問は「なぜそうなるのか」の理由を理解することは大変重要です。
自然の摂理を解明する上で、日常の当たり前のことに疑問を持つことは欠かせません。
そうやって人間は重力や天体の動きを発見し解明してきたのです。
しかし、文系学問、特に法律系学問については理由を重視する必要性が理系に比べて薄いのです。
何故なら、法律系学問には根拠となるものが条文と判例(または先例)だからです。
単刀直入にいえば、「条文上そう書いてあるから仕方ない」で終わってしまいます。
判例であっても「最高裁の判事長がそう判断したのだから仕方ない」で終わります。
また、理由をどれだけ覚えても、試験に出ないのならば意味は薄いのです。
行政書士程度の難易度の試験であれば、理由の暗記を捨てて結果の暗記のみで何とか戦えてしまいます。
なお、上記の理由はあくまでも短期間で資格試験の合格を目的とする学習方法です。
つまり効率的に点を稼ぐためのものです。
もちろん、大学等で専門的に社会科学系の科目を学ぶ場合には当てはまりません。
文系学問で理由を追求する必要性
ただ、文系学問で理由を覚えることが全くの無駄であるとは思いません。
法律の根底にある「弱者救済」や「公序良俗違反は許されない」といった思想を学ぶことで、より理解を促進することができるからです。答えを知らない未知の問題に直面しても、推論である程度答えを絞ることもできるようになります。
また、いつかは必ず一切の前例が無い新たな問題に突き当たることがあります。
そんな時に法律上の思想と条文の立法趣旨を理解しておけば、おのずと答えを導くことができます。
時間に余裕があるのならば、是非、根底となる理由も含めて覚えるべきです。
むしろ、それこそが本来の学問の学習方法です。
最後に
今回は賃借権に抵当権を設定できない理由について解説しました。
今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。
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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)
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