スギ垣を「切れ」と言われた─土地改良区の要求にどう対応する?

農業者が自ら工夫して作り上げた環境整備が、後年になって「撤去せよ」と突然要求されるケースは、実務でも時折見られます。特に、農業用施設と関係の深い土地改良区からの申し入れとなると、立場の弱さを感じてしまう方も多いかもしれません。

今回は、風よけの目的で植えたスギの生垣について、土地改良区の理事長から伐採を求められたという相談事例をもとに、法律的観点と実務対応を解説します。


相談事例:30年前に植えたスギ垣を「切れ」と言われた

Aさんは、強風の影響が激しい地域で水田を耕作しており、30年前にビニールハウスを建てた際、南風を防ぐために土手の上にスギ苗を植え、風よけの生垣(スギ垣)を形成しました。スギ垣の位置は、農業用水の土手上ではあるものの、自身の田側に寄せて植えてあり、人の通行にも支障はない状態です。

当時の土地改良区理事長には口頭で植樹を了承され、以後30年間、地域の誰からも異議なく、Aさんはスギ垣を手入れしながら利用してきました。

ところが最近、新たに就任した理事長が突然やってきて「このスギ垣を切れ」と言ってきました。理由を尋ねても納得のいく説明はなく、「代執行で切ってやる」とまで言われてしまい、困り果てています。


土地改良区の伐採要求に応じる必要はあるのか?

土地改良区には、「土地改良法」に基づき、用排水路などの農業施設の管理権限があります。
したがって、スギ垣が用排水施設の維持管理を妨げているなど、具体的な支障が確認された場合には、土地改良区側の要求に一定の法的根拠が生じます。

しかし、相談内容を見る限り、スギ垣は長年にわたり問題なく存在し、周囲に対する被害も報告されていません。単に「理事長が交代したから過去の同意は無効」というだけで一方的に伐採を求めるのは、正当な理由がない限り、権利の濫用に該当する可能性があります。


スギ垣の植えられている土地の所有者は誰か?──まずはここを確認

この事案の本質を左右するのが、スギ垣が植えられている土地の所有者が誰かという点です。

スギ垣は「土手の上」に植えられているとありますが、その土手が誰の所有地なのかが非常に重要です。

Aさんがスギ垣を植えた土地が「私有地」の場合

  • 土地の所有権または使用権がAさんにあれば、土地改良区には伐採を強制する権限は基本的にありません。
  • 特に、過去に理事長から植栽の了承を得ていた記録(文書など)があれば、Aさんに有利な主張が可能になります。

土手が「公共の管理地」の場合(市町村・県・国など)

  • その土地は本来、農業用施設や水路として管理される公共の目的に供されているため、スギ垣は「無断占用物」と判断される可能性があります。
  • この場合、土地改良区自身が伐採する権限はなくとも、行政機関に対して代執行を求めるよう働きかけることは可能です。

したがって、まずはスギ垣が植えられている土地の登記簿・公図・地積測量図などを取得し、土地の所有者や管理者を明確にする必要があります。


許可を得ていた証拠は残っているか?──文書があれば立場が強くなる

30年前にスギ苗を植えた際、当時の理事長から口頭で了承を得ていたとのことですが、その記録や証拠が残っているかを確認することも非常に重要です。

  • 承諾書や植栽申請書
  • 理事会の議事録
  • 理事長との書簡やメモ
  • 当時を知る第三者の証言書

これらが存在すれば、「当時は土地改良区の黙認または許可のもとで行われた」という事実を証明でき、現在の理事長の主張を覆す根拠となります。


「代執行で切る」と言われたら?

理事長が口にした「代執行」という言葉に不安を感じる方も多いでしょう。

第2条
法律により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

行政代執行法|条文|法令リード

代執行は、行政機関が「命令→不履行→代執行」という段階を踏んで初めて実行できるものです。土地改良区自体には代執行権限がありません。したがって、理事長が勝手に伐採することはできません。

ただし、植栽地が公共の土地である場合には、管理者(市町村等)に対して是正措置や代執行を促す働きかけがなされる可能性は否定できません。その点でも、まずは土地の所有関係の確認が不可欠です。


話し合いが難航するなら「農事調停」を検討

理事長とのやりとりが平行線になってしまった場合は、地元の簡易裁判所での「農事調停」を利用することができます。

農事調停は、農業者同士のトラブルを法的手続きを使わずに解決するための制度であり、申立費用も安く、本人でも申し立て可能です。調停委員が中立の立場から双方の主張を聞き取り、現実的な落としどころを探ります。


まとめ:スギ垣の撤去要求に対して最初に確認すべきこと

土地改良区からスギ垣の伐採を求められた場合でも、ただちに応じる必要はありません。まずは、以下の点を順に確認していきましょう。

  1. スギ垣が植えられている土地が誰の所有かを登記簿・公図などで確認
  2. 過去に理事長の了承を得た証拠があるかどうかを調査
  3. 現実に施設管理上の支障が生じているかを冷静に確認
  4. 交渉が困難なら農事調停の申し立ても検討

感情的な対立ではなく、事実と法的根拠に基づいた冷静な対応こそが、円満な解決への近道です。

最後に

今回は、土地改良区の理事長からスギ垣の伐採を一方的に求められた場合の対応策と、スギ垣が植えられている土地の所有関係や過去の了承の有無が持つ法的意味について詳しく解説しました。

熊谷行政書士法務事務所では、農地に関するご相談を多数お受けしております。お困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が農地に関する法律問題について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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