農地解放されなかった土地を時効取得できるのか?

「90年も耕してきた土地が、実は他人のものだった?」
戦後まもなく始まった農地改革の中で、本来ならば小作人に与えられるはずだった農地が、さまざまな理由で移転登記されず、現在も名義上は地主のままというケースが存在します。
今回は、実際に90年近く小作を続けてきた農地について、「もう自分の土地ではないか?」と感じたAさんの事例をもとに、戦後の農地改革(農地解放)とは何だったのか、そして現在の法律に照らして時効取得や買い取り交渉が可能かどうかを、わかりやすく解説していきます。

相談事例:祖父の代から耕し続けた田んぼは誰のもの?

相談者のAさんは、山間地域で2反の田んぼを耕作しています。この農地は90年前、Aさんの叔父が地元の大地主から借りたものでした。それ以来、Aさんの父、そしてAさん自身が途切れることなく米作りを続けてきました。
しかし、Aさんも高齢となり、そろそろ米作りをやめようかと考えていたところ、友人から「それはもうお前の田んぼだろう」と言われ、ふと疑問に思いました。実際、戦後の農地改革で小作地は解放され、原則として小作人がその土地の所有者になる制度が導入されていました。
それならば、今からでも所有権を取得することはできるのかとAさんは疑問に感じました。


戦後の農地解放とは何だったのか

戦後の農地改革は、1946年(昭和21年)に実施された占領政策の一環であり、地主制度の解体と自作農創設を目的としたものでした。具体的には、小作農が耕していた農地を、政府が地主から買い上げ、小作農に安価で払い下げるというものです。自作農創設特別措置法では、対象となる小作地を強制的に買収し、原則として現に耕作している小作人に優先的に売り渡すことが定められていました。

しかし、この制度には以下のような限界もありました。

  • 所有者の名義変更には手続きが必要であり、それを怠ったケース
  • 地主の抵抗や行政の手続きミスによる未処理案件
  • 小作農側が制度を理解していなかったために取得を逃した例

今回のAさんの田んぼも、そうした「農地解放から漏れた土地」の一つである可能性が高いと考えられます。

時効取得は可能なのか?

Aさんは「90年間、代々耕してきた土地だから、もう自分の土地ではないか?」と考えています。これはいわゆる「時効取得」が成立するかどうかという問題です。

民法では、一定期間にわたって土地を事実上支配している者が、法的にその所有権を取得する制度が認められています。

所有権取得時効
第162条

20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の占有した者は、その所有権を取得する。

民法第162条 - Wikibooks

では、Aさんの場合、時効取得の要件を満たしているのでしょうか?

所有の意思があったか

問題はここです。Aさんは地主に対して毎年「地代」を支払い続けていました。
これは、「この土地は自分のものではない」と認識していたことの表れとされるため、「所有の意思」が認められません。よって、民法162条に基づく時効取得は成立しません。

小作人の権利は現在も強い

では、Aさんにまったく権利がないのでしょうか?
そんなことはありません。農地法では、現に農地を耕作している小作人の地位が強く保護されています。

(農地又は採草放牧地の賃貸借の解約等の制限)

第18条
農地又は採草放牧地の賃貸借の当事者は、政令で定めるところにより都道府県知事の許可を受けなければ、賃貸借の解除をし、解約の申入れをし、合意による解約をし、又は賃貸借の更新をしない旨の通知をしてはならない。

農地法|条文|法令リード

つまり、小作人が自ら耕作を続ける意思を表明している限り、地主は一方的に契約を解除できず、売却や使用変更にも制限がかかります。
さらに、慣習的に公共事業等で土地が収用される場合、土地代金の約4~5割は、小作人が「耕作権の補償」として受け取るという事例も多数存在します。

現実的な解決方法:安値で買い取る交渉

以上のような法的背景を踏まえると、Aさんにとって最も現実的な解決方法は、「安値で土地を買い取る交渉」を地主と行うことです。

小作人の権利は強く保護されており、地主は簡単に契約を解除できません。逆にいえば、地主にとっても、この農地は将来的に自由に使えない「縛りのある土地」となっています。
この状況下では、Aさんが「現在の市場価格よりも安価に買い取る」という交渉が成立する可能性は十分にあります。


まとめ

今回は、戦後の農地解放から漏れた田んぼをめぐるAさんの事例をもとに、以下のポイントを解説しました。

  • 戦後の農地改革では、原則として小作人が土地を取得する制度が存在した
  • しかし手続き漏れ等により、名義が地主のままになっている農地も多く存在する
  • 民法162条に基づく時効取得には「所有の意思」が必要だが、地代の支払いはそれを否定する
  • 農地法第16条により、小作人の耕作権は強く保護されている
  • 現実的な解決策は、耕作者の立場から地主と売買交渉を行うこと

最後に

今回は、戦後の農地改革により解放されなかった農地を、長年耕し続けてきたAさんの立場から、時効取得が可能かどうかについて解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が農地に関する法律問題について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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