畑を交換して20年…時効取得はできる?
農家同士での農地の交換利用は、作業効率の向上や飛び地解消といったメリットがあります。一方で、相続や代替わりのタイミングでトラブルに発展することもあります。
今回は「畑を交換して20年耕作してきたが、その土地を時効取得することはできるのか?」という事例をもとに、法律的な考察と現実的な解決方法を探っていきます。似たような状況にある農家の方、相続人の方にも参考になる内容となっています。ぜひ最後までご覧ください。
目次
相談事例:飛び地解消のための畑交換、それから20年後…
Aさんは、今から20年前、近隣の農家3軒(Aさん、Bさん、Cさんの三軒)で作業効率を上げるために畑を交換した。もともとそれぞれの畑が飛び地のようになっていて、トラクターの出し入れや移動に手間がかかっていたため、面積のバランスを見ながらお互いに畑を入れ替えることにした。
交換にあたっては「お互いに相手の畑を保全すること」「費用の請求はしないこと」「所有権は移動させないこと」などを明記した合意書を作成し、署名・捺印のうえ、各自で保管した。農地の権利移転手続きは行っていない。
20年が経過し、Aさんにとって交換した畑は実質的に「自分の畑」という感覚になっていた。しかし、一昨年、その交換相手の一人であるBさんが亡くなり、農業に関心のない息子が農地を相続した。Bさんの息子は「すべての田畑を売却する」との方針を示した。Bさんの息子は、交換した農地についても「一時的なものだったから元に戻して返してほしい」「あるいはそのまま使いたいなら買い取ってほしい」と要求してきた。
Aさんはすでに高齢で後継ぎもおらず、今さら畑を買い取る気力も資金もない。交換前の状態に戻すのも困難で、20年間耕作してきた畑を手放すことに強い不安と戸惑いを感じている。
そこで、Aさんは「このような状況でも、時効取得は認められないのか」と考えている。
果たして、Aさんの主張は認めれるだろうか?
回答:法律上は時効取得は認められません
Aさんの長年のご努力と地域との協力体制には敬意を表します。しかし、結論から申し上げると今回のケースで畑の時効取得は認められません。
なぜならば、民法に定める「取得時効」の要件を満たしていないためです。
民法における取得時効の要件とは?
つまり、時効によって所有権を取得するには、「自分の土地だと思って他人の土地を平穏かつ公然に、そして継続して占有していたこと」が必要です。
今回の事例では「所有の意思」がない
Aさんたちが交わした合意書には「所有権の移動はしない」「あくまで作業効率のための一時的交換である」という内容が明記されています。これは、交換当初から「この土地はあくまで他人の土地」という認識があったことを示しています。つまり、「所有の意思」が存在していないのです。
そのため、民法第162条が想定する「自己の土地として占有していた」状態とは明らかに異なり、取得時効の成立要件を欠いていると判断されます。
そもそも農地の貸借契約自体が無効の可能性
さらに重要な点として、そもそも農地の使用貸借(無償の貸し借り)を行うには、農地法の許可が必要です。許可を得ずに行われた場合、その契約は法律上は無効とされます。
(農地又は採草放牧地の権利移動の制限)
第3条
第1項 農地又は採草放牧地について所有権を移転し、又は地上権、小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、若しくは移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が農業委員会の許可(略)を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合及び第5条第1項本文に規定する場合は、この限りでない。
第7項 第1項の許可を受けないでした行為は、その効力を生じない。
つまり、Aさんたちが行ってきた畑の交換利用は、法的には農地の使用貸借に該当すると考えられます。そのため、農業委員会の許可がなければ無効という扱いになります。したがって、無効な契約に基づく占有は、時効取得の対象にもなりません。
では、どう解決すればよいのか?
今回は取得時効によって自動的に所有権を得ることはできません。しかし、トラブルを回避するための代替的な解決策は存在します。
1.関係者全員で利害調整を行う
まずは、Aさん・Cさん・Bさんの息子の3者で、現況と意向を共有し、協議の場を設けることが最優先です。
- Aさんたちの立場:「交換した畑を元に戻されるのは現実的に困る」
- 相続人の立場:「農地を売却して現金化したい」
このような相反する思いをすり合わせるためには、お互いの立場を尊重したうえで、現状のままで解決できる方法を模索する必要があります。
2.現況のままでの売却を提案する
実際には、現況のまま耕作地をまとめて売却したほうが、分断された畑よりも魅力的で高値になることも多くあります。まとまった農地であれば、農業法人や営農希望者にとって管理もしやすく、有利な取引が可能です。
Aさんが買い手探しを協力したり、農業委員会や不動産業者に相談することで、相続人の意向を満たしつつ現状を維持できる可能性があります。
3.一定の費用を負担する提案も
どうしても現状での売却価格が下がるという場合には、その差額をAさんやCさんが一部補償することで折り合いをつけるという選択肢もあります。もちろん負担能力との兼ね合いもあります。しかし、感情論ではなく経済的合理性に基づく判断が大切です。
4.今後のために正式な権利の移転も検討を
今回のようなケースを将来にわたって回避するためには、将来的に必要に応じて農地法に基づく権利移転を行うことも視野に入れておくべきです。
まとめ:取得時効には限界がある、だからこそ話し合いを
農地の交換というのは、お互いの信頼関係に基づいて行われる地域特有の慣習です。しかし、法律的な所有権の問題や相続が絡んでくると、それだけでは解決が難しくなります。
今回のAさんの事例では、時効取得は法律上認めらません。さらに、農地法に違反する使用貸借契約であったという点が重要なポイントとなります。
だからこそ、関係者が率直に意見交換をし、お互いにとって納得のいく形で解決するための協議を行うことが最も重要です。法的リスクを避けつつ、地域社会のつながりを大切にするためにも、農業委員会や専門家のアドバイスを受けながら柔軟に対応していくことが望まれます。
最後に
今回は、畑を交換した農地を時効取得することはできるのかについて解説しました。
蛇足ですが、これが合意により交換した場合ではなく不法占有していた場合は、たとえ農地であっても20年の占有継続により時効取得が可能です。法律というものは面白いですね。
今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
この記事が農地に関する法律問題について学びたい方の参考になれば幸いです。
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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)
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