売却予定の畑に賃料はもらえる?農地法と民法の視点から解説

農地を貸して収入を得ている方にとって「いずれ売却する予定の貸し農地に対して、今も賃料を請求できるのか?」という疑問は、身近でありながらも非常にデリケートな問題です。特に、口頭で売却の意思を伝えていた場合、相手との認識のズレから思わぬトラブルに発展することがあります。

今回は、事例をもとに「売却予定の貸し農地に賃料を請求できるのか?」というテーマについて、農地法と民法の両面から詳しく解説していきます。


相談事例:Aさんの体験

Aさんは農地を賃料を得て貸し出していました。

この農地については、以前から借主の側から「買い取りたい」という要望がありました。そして、Aさんご本人もその意向を前向きに検討していました。最終的に、昨年の時点でAさんは借主に対して「売却する」という意思を口頭で伝えていました。

しかし、その後Aさんのご家族が体調を崩されるなどの事情があり、具体的な売買契約の話は進まず、そのまま年を越すことになりました。売買契約書の作成も、売買代金の決定も行われておらず、土地の登記名義も依然としてAさんのままでした。

年明け後、Aさんは例年どおり前年分の賃料の請求を借主に行いました。ところが借主からは、「この土地はすでに自分が買うことになっているのだから、賃料は支払わない」という主張が返ってきました。さらに、Aさんが農業委員に相談したところ、「借主の言い分が妥当だ」との見解が示され、非常に困惑されたとのことです。

Aさんとしては、たしかに売却の意思は伝えていたものの、正式な契約には至っておらず、土地の所有権も依然として自身にあるため、賃料は当然に請求できるものと考えています。


農地法による制限:売買契約の前に「5条許可」が必要

今回のような農地の売却に関しては、民法による契約の成立要件だけでなく、農地法による制限も忘れてはなりません。

農地を第三者に譲渡し、その用途を農地以外に転用しようとする場合、許可が必要です。

農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限)
第5条

農地を農地以外のものにするため(略)権利を設定し、又は移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が都道府県知事の許可(略)を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。

農地法第5条 - Wikibooks

さらに、許可を得ずに締結した売買契約は、無効とされます。

つまり、たとえ当事者間で売買代金などの合意ができていたとしても、農地法の許可を得ていなければ契約自体が効力を持たないのです。


売買予約契約という選択肢

そのため、農地の売却を前提に話が進んでいる場合でも、実際の売買契約を締結する前に、「停止条件付売買予約契約」という形式を選択することが現実的です。

停止条件付売買予約契約とは、特定の事象が成就することを条件として将来的に売買契約を締結する旨を合意する契約です。この場合は、農地法の許可を得ることを停止条件として、売買予約契約を締結します。これならば許可取得の前に契約を結んでも違法にはなりません。

したがって、Aさんのケースでも、もし将来的な売却を確実にする意図があったのであれば、停止条件付売買予約契約として整理しておくのが適切でした。


民法上の売買契約の成立要件

ここで改めて、民法上の売買契約の成立要件を確認しておきましょう。

売買
第555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

民法第555条 - Wikibooks

つまり、売買契約は以下の2点が揃って初めて成立します。

  1. 売買の目的物(農地)の特定
  2. 売買代金またはその決定方法についての合意

契約書の有無は問われませんが、どちらかが欠けていれば契約は成立しません。


Aさんのケースでは契約は未成立、賃料請求は可能

Aさんの事例では、農地の特定はできていました。しかし、売買代金については合意がなされておらず、具体的な金額も決まっていませんでした。そのため、民法上の売買契約は未成立だったといえるでしょう。

また、そもそも農地法第5条の許可を得ていない段階なので、たとえ売買代金の合意があったとしてもその契約は効力を持たない=無効です。

したがって、法律上は売買契約は成立していません。Aさんと借主との関係は未だ「賃貸借契約」にとどまっています。ゆえに、賃料を請求する権利は当然に存在するといえるでしょう。


借主の「買うことになっている」主張は通らない

借主が「もう買うことになっている」と主張したとしても、それは法的に契約が成立していることにはなりません。そもそも契約をしたとしても、直ちに所有権が移転するわけではありません。

ましてや農地の場合は、民法の契約成立要件を満たしていたとしても、農地法の許可がなければ無効です。借主が許可の取得を怠ったまま「自分のものだ」と主張すること自体が、法的には根拠のない話となります。


今後の対応:売買交渉と賃貸借関係の整理

今後、Aさんと借主が改めて売買契約を成立させたいと考えるのであれば、

  • 売買代金や条件について協議
  • 5条許可の取得手続き
  • 許可が下りた後に正式な売買契約を締結

という流れを丁寧に踏むことが重要です。

また、未払いの賃料については、売買代金との相殺や価格調整に組み込むといった柔軟な対応も交渉次第で可能です。


農業委員会の見解と法律上の判断の違い

Aさんが農業委員に相談した際、「借主の主張が妥当」とされたとのことです。しかし、農業委員会はあくまで行政指導の立場であり、法的判断を下す機関ではありません。

したがって、こうしたトラブルが生じた場合には弁護士などの法律専門家に相談すべきです。


まとめ:農地の売買には農地法の理解が不可欠

今回は、Aさんの事例を通じて、「売却予定の貸し農地に賃料を請求できるか?」という問題について、農地法と民法の視点から解説しました。

  • 農地を売却するには農地法第5条の許可が必要
  • 許可前の売買契約は無効(売買予約契約の形が望ましい)
  • 民法上も「代金の合意」がなければ契約は成立しない
  • 契約が未成立であれば、賃料の請求は正当
  • 農業委員会の見解=法的判断ではない
  • 契約交渉やトラブル対応は専門家のサポートが不可欠

農地の売買や貸し借りは、民法と農地法という2つの法律が重層的に関わる分野です。安易な口約束や認識のズレが、大きなトラブルにつながることも、法的な視点を持ったうえで丁寧に進めることが大切です。

農地の売却や賃貸借についてお悩みの方は、ぜひ熊谷行政書士法務事務所までお気軽にご相談ください。

最後に

今回は、「売却予定の貸し農地に賃料を請求できるのか?」というテーマについて解説しました。
法的根拠を別として個人的な感想を言わせていただければ、人からモノを借りたなら素直に賃料を払うべきかと思います。そもそも「買った」といっても代金を払ってないなら買ったとは言えないでしょう。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が農地に関する法律問題について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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