プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求事件の詳細解説

インターネットが日常生活に浸透した現在、オンラインでの権利侵害は深刻な問題となっています。
特に、匿名性が高い情報ネットワーク上での投稿によるトラブルが増加しています。今回は、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求を巡る最高裁判例を解説します。
【判例:最高裁判所第二小法廷 令和6年12月23日


事件の背景

本件は、インスタグラムでの投稿が発端となった事件です。
被上告人が問題視したのは、匿名アカウント(以下「本件アカウント」)による投稿でした。これらの投稿には、被上告人を被写体とする写真が無断で掲載されており、社会生活上の受忍限度を超える内容が含まれていました。投稿者は、写真に加え、被上告人の人格的利益を侵害する表現を繰り返し使用しており、被上告人はこれにより精神的苦痛を受けました。

被上告人は、投稿者を特定し損害賠償請求を提起することを決意します。そのためには、投稿者の身元情報を取得する必要がありました。この背景から、被上告人は、プロバイダ責任制限法に基づき、本件アカウントのログイン時に使用されたIPアドレスなどの発信者情報の開示をプロバイダに求めました。

ログイン時の通信情報を開示請求することは可能か?

本件の紛争を複雑にしたのは、投稿時の通信記録が存在しなかった点です。
インスタグラムの運営者は、投稿そのものの通信記録を保存しておらず、ログイン時の通信記録のみが残されていました。このため、被上告人は投稿時ではなくログイン時の通信記録に基づいて開示請求を行う必要がありました。

さらに、令和4年10月1日にプロバイダ責任制限法が改正され、ログイン通信も新たに開示請求の対象として明文化されました。本件の投稿やログイン通信は法改正前のものでしたが、改正後の規定が適用されるかどうかが重要な争点となりました。この問題を解決するため、事件は最高裁判所にまで持ち込まれました。


裁判の焦点と判決内容

裁判では、改正後法の適用範囲とログイン通信の関連性が主な争点となりました。最高裁の判断は以下の点に集中していました。

改正後法の適用範囲

改正後のプロバイダ責任制限法が施行前の行為に適用されるかについて、最高裁は改正後法の規定が施行前の行為にも適用されるとの見解を示しました。これは、改正前後で発信者情報の開示請求の基本的な枠組みが継続しており、新たな権利が創設されたわけではないと解されるためです。この解釈は、法改正により被害者救済の機会を拡大する趣旨に沿うものでした。

ログイン通信の関連性

発信者情報の開示請求が認められるためには、ログイン通信が「侵害情報の送信と相当の関連性を有するもの」でなければなりません。

(侵害関連通信)
第五条法第五条第三項の総務省令で定める識別符号その他の符号の電気通信による送信は、次に掲げる識別符号その他の符号の電気通信による送信であって、それぞれ同項に規定する侵害情報の送信と相当の関連性を有するものとする。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則

本件では、侵害情報に最も時間的に近接したログイン通信がその要件を満たすと判断されました。しかし、投稿と直接の関連性が立証されない他のログイン通信については関連性を欠くとして開示請求が棄却されました。


判決の詳細

最高裁は以下の結論を示しました。

原判決の一部破棄

原判決の中で、一部のログイン通信に基づく発信者情報開示請求を認めた部分が破棄されました。具体的には、侵害情報と関連性が認められない通信に基づく請求について、法的要件を満たさないとして棄却されました。

時間的近接性の重視

時間的近接性が、侵害情報の送信とログイン通信の関連性を評価する上で重要な要素とされました。本件では、投稿から21日後に行われたログイン通信が最も近接しているとして、その通信に基づく発信者情報の開示が認められました。

プライバシー保護との均衡

ログイン通信の開示は、被害者救済のために必要最小限の範囲に限定されるべきとされました。これは、被害者の救済と発信者のプライバシーや通信の秘密とのバランスを保つためのものです。

この判決は、改正後法の適用範囲や発信者情報開示請求の要件を具体的に示し、今後の同種事案における指針となるものです。


まとめ

本件は、プロバイダ責任制限法の適用範囲やログイン通信の関連性に関する裁判例として注目されるものです。特に、法改正が権利侵害への対応にどのような影響を及ぼすかが具体的に示されました。また、プライバシー保護と被害者救済のバランスをどのように取るべきかについても重要な示唆を与えています。

最後に

今回はプロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求事件について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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