プライバシー保護と証拠開示の両立は可能か?最高裁判例を解説

プライバシー保護と証拠開示のバランスは、法制度において重要なテーマです。
令和6年10月16日に下された最高裁判例は、この課題に対する新たな指針を示しました。
本件では、文書提出命令の法的枠組みを基に、証拠開示の必要性と個人の名誉やプライバシーの保護をどのように両立させるべきかが深く議論されました。

【判例 最高裁判所第二小法廷 令和6年10月16日


事件の背景

事件の発端

本件は、学校法人M学院に関連する業務上横領事件(以下「本件横領事件」)を巡り、大阪地方検察庁が捜査を行ったことが発端です。
この事件では、同学院の理事長であったB、不動産会社を経営していた抗告人A、およびその他複数の関係者が共謀し、土地売買契約の手付金21億円を横領したとされました。

抗告人Aは、本件横領事件で逮捕・勾留されましたが、後に無罪判決が確定しました。その後、抗告人Aは、逮捕および勾留が違法であったとして国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める訴訟(以下「本件本案訴訟」)を提起しました。

第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

国家賠償法

訴訟における争点

本件本案訴訟では、検察官が記録した取調べデータ(以下「本件記録媒体」)の公開範囲が主要な争点となりました。
本件記録媒体には、検察官が被疑者Aに対して行った取調べの録音・録画データが含まれています。その一部が公判で使用されましたが、公判で取り調べられなかった部分(以下「本件公判不提出部分」)の提出義務が問題となりました。


裁判所の判断

地裁および高裁の判断

地裁の判断

本件公判不提出部分が取調べ時の非言語的要素を含む重要な証拠であるとして提出を命じました。この非言語的要素には、声の大きさ、表情、身振りなどが含まれ、これらは※反訳書面では代替できない重要な情報とされました。

※録音記録を文字起こしした書面のこと

高裁の判断

一方、高裁では、

  1. 反訳書面で十分な立証が可能である。
  2. 記録媒体の提出は名誉・プライバシー侵害のリスクが高い。
  3. 提出の必要性が低い。

との理由から、地裁の決定を覆し、本件公判不提出部分の提出を却下しました。

最高裁の判断

最高裁は、高裁の判断を破棄し、地裁の決定を支持しました。その主な理由は以下の通りです。

1. 証拠価値の重要性

最高裁は、本件公判不提出部分に記録された取調べの非言語的要素(声の大きさ、口調、表情、身振りなど)が、供述の信用性を検証する上で重要不可欠であると指摘しました。これらの要素は、録音記録を文字に起こした反訳書面や人証では十分に代替できないため、証拠価値が非常に高いと認定されました。

特に、本件では被疑者Aが虚偽供述を行った可能性が争点となっており、非言語的要素の記録がこの検証において大きな役割を果たすとされました。この部分の証拠提出が他の証拠よりも重要であると強調されました。

2. 名誉・プライバシーへの配慮

記録媒体の使用に関して、抗告人と被疑者の間で訴訟上の和解が成立しており、記録の使用に伴うプライバシー保護措置が明確に合意されていました。この合意には、顔のモザイク処理、声の加工、プライバシー情報の非公開が含まれ、これらの措置により、プライバシー侵害のリスクが十分に軽減されていると最高裁は判断しました。

また、記録媒体が公開されることでAの名誉やプライバシーが著しく侵害されるリスクはないと認定されました。

3. 裁量権の濫用の有無

最高裁は、記録媒体の提出を拒否した相手方(検察側)の判断について、その裁量権が逸脱または濫用されていると認定しました。民事訴訟法220条3号後段が求める基準に基づき、検察側には本件公判不提出部分を提出する義務があると結論付けました。

(文書提出義務)

第220条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。

三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。

民事訴訟法

特に、記録媒体が非言語的要素を含む取調べの状況を正確に記録していること、そしてこの情報が被疑者の供述の信頼性を評価する上で極めて重要であることを理由に、提出義務が明確に存在すると判断しました。


判決の意義

この判例は、以下の点で重要な意味を持ちます。

  1. 証拠開示の基準の明確化
    民事訴訟における文書提出命令の適用基準が明確化されました。
  2. 非言語的要素の重要性
    検察官の取調べ過程における非言語的要素を記録したデータの重要性が認められました。
  3. 名誉・プライバシー保護との調和
    記録媒体の公開と名誉・プライバシー保護のバランスを慎重に検討した判断が示されました。

まとめ

今回の最高裁判決は、証拠開示の在り方を考える上で重要な示唆を与えるものです。
特に、非言語的要素の証拠価値を認め、文書提出命令に基づく適正な証拠開示を支持した点が注目されます。

最後に

今回はプライバシー保護と証拠開示の両立について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が行政法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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