工場建設を巡る村と企業の紛争:信義則と地方自治の課題
今回は、企業誘致に積極的だった地方自治体が、首長交代後に方針を変更した結果、多額の損害が発生した事件について解説します。
この事件は地方自治体の信義則に基づく責任や、住民自治の原則との調和が問われたもので、非常に重要な行政事件判例の一つです。
【判例 宜野座工場誘致事件 昭和56年1月27日 最高裁判所第三小法廷】
目次
事件の背景
この事件の発端から訴訟に至るまでの流れを、時系列に沿って詳細に解説します。
企業の要請と村の協力(昭和45年~昭和47年)
製紙工場の建設を計画した企業(上告人)は、昭和45年11月、村の当時の村長(D村長)に工場誘致を陳情しました。D村長は、工場建設に全面的に協力する意思を示しました。D村長は村議会で工場誘致と村有地の譲渡を議決し、これに基づき企業は土地確保や水利権の取得手続きに進み、補償料の支払いなどを開始しました。
工場建設準備の進展(昭和46年~昭和47年)
企業は村有地の整地工事を進め、さらに昭和47年10月には機械設備を発注しました。この際、村も金融公庫への融資依頼文書を発行するなど、全面的な協力を継続しました。工場建設計画は順調に進展し、敷地整備はほぼ完了していました。
村長交代と方針転換(昭和47年12月~昭和48年3月)
昭和47年12月、村長選挙で新たに当選したF村長は、工場予定地周辺住民の反対意見を支持しました。昭和48年1月に村長に就任後、建設計画に協力しない意向を固めました。そして昭和48年3月、企業からの建築確認申請書に不同意を通知しました。これにより工場建設が事実上不可能となりました。
企業の対応と訴訟提起(昭和48年~昭和49年)
企業は協力の拒否を受け、これまでの投資が無駄になると判断し、計画を断念。その後、村の対応が信頼関係を著しく損なう違法行為であるとして、損害賠償を求める訴訟を提起しました。
判決の核心部分
最高裁判所の判断は以下のような論点に基づいています。
地方公共団体の施策変更とその原則
本判例では、「地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたって継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴って変更されることがあることはもとより当然であり、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない」と判断されました。
この部分は地方公共団体の施策変更における柔軟性を認める一方、変更によって発生する信頼関係の破壊が法的責任を生じるかどうかが問題となる場合の基準となります。
信義則の適用と企業の信頼保護
村が企業に示した協力姿勢は、単なる施策方針の表明を超えた具体的な勧誘行為でした。
企業はこれを信じて多額の投資を行い、これに基づく期待利益が形成されていました。このような場合、自治体が信義則に基づいて企業の信頼を保護しなければならないとされました。
住民自治の原則とその限界
地方公共団体が住民意思に基づいて施策を変更する権限を持つことは認められました。その一方で、変更が他者に対して著しい損害を与えた場合、法的責任が生じる可能性があります。本件では、村が補償措置を講じないまま協力を拒否したことが、違法な加害行為に該当すると判断されました。
違法性の判断基準
裁判所は、施策の変更が以下の条件を満たす場合に違法と判断しました。
- 勧誘行為による信頼関係が存在すること。
- 社会通念上、損害が看過できないほど大きいこと。
- 施策変更にやむを得ない客観的事情がないこと。
損害補償の必要性
企業が被った積極的損害(整地工事費用、機械設備発注費用など)について、村は合理的な補償を行う義務があるとされました。
参照法令
民法上の損害賠償に関する規定
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
国家賠償に関する規定
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
まとめ
この事件は、地方自治体の施策変更と企業の信頼保護とのバランスを問う重要な判例です。
自治体が企業誘致に関与する際、信義則に基づく責任が発生する可能性を認識することが重要です。一方で、住民自治の原則が自治体の施策に与える影響を軽視することはできません。本件は、自治体が施策変更を行う際、補償措置などを通じて信頼関係を適切に調整する必要性を示唆しています。
最後に
今回は宜野座工場誘致事件について解説しました。
今回は以上で終わります。
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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)
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