相続に関する裁判所の判断が生んだ重要な解釈変更について

今回は、相続法における代襲相続の要件について、最高裁判例をもとに解説します。
この判例では、「被相続人とその兄弟姉妹の共通する親の直系卑属でない者は、被相続人の兄弟姉妹を代襲して相続人となることができない」とする判断が下され、法的な解釈に新たな基準が設けられました。
【判例 令和6年11月12日 最高裁判所第三小法廷 】

登場人物と事件の背景

登場人物

被相続人C

  • 被相続人であり、本件で相続が争われている遺産の所有者。
  • 親戚の子どもBと養子縁組を行い、Bの「兄」となった。

母親B

  • 原告らの母親。
  • 親戚であるDの養子となり、Cの「妹」に位置付けられた。
  • 既に亡くなっているため、原告らはBを代襲して相続を主張している。

原告ら

  • Bの子どもたち(30代と40代の男女)。
  • 母親Bの死後、Bを代襲してCの遺産の相続権を主張している。

D

  • Bの養親で、被相続人Cの母親の姉にあたる人物。
  • Bの養子縁組により、CとBは「兄妹」の関係となった。

横浜地方法務局川崎支局登記官

  • 原告の申請を却下した登記官。最終的にこの却下処分の取り消しが争点となる。

事件の背景(時系列順)

養子縁組の成立

  • Bは親戚であるDと養子縁組を行い、Dの子であるCと「兄妹」となりました。この関係変更により、Bが将来的にCの相続権を得られる可能性が生じました。

Bの死亡

  • Bは平成14年に亡くなりました。この時点でBには相続権が発生していません。しかし、Bの子である原告らは、将来Cが亡くなった場合に相続権を主張できると考えていました。

Cの死亡

  • 平成31年に被相続人Cが亡くなり、Cには子や配偶者もいいませんでした。そのため、兄妹であるB(すでに死亡)に相続権が発生する可能性が出ました。

原告らの相続権主張と登記申請

  • Bの子である原告らは、BがCの相続権を持っていたと解釈し、代襲相続としてCの遺産を相続できると主張して、令和2年に不動産の所有権移転登記を申請しました。

登記官による却下と裁判の発端

  • 横浜地方法務局川崎支局の登記官は「申請の権限を有しない者の申請」に該当するとして原告らの申請を却下しました。そのため、この処分の取り消しを求めて原告らは裁判を起こしました。

一審・二審の判断

  • 一審(横浜地裁)では原告の請求が認められませんでした。しかし、二審(東京高裁)で原告の主張が認められ、代襲相続が可能と判断されました。
    こうして、事件は最高裁へもつれ込むこととなります。

裁判の経緯と争点

法令と代襲相続に関する判断

この裁判における最大の争点は「養子縁組前に生まれた子が代襲相続の対象に含まれるか否か」という点でした。
民法は、親から子への直系の代襲相続については明確に規定しています。しかし、叔父・叔母から甥・姪への相続、つまり「傍系の代襲相続」については、やや規定が不明瞭な部分がありました。
代襲相続を認める「民法887条2項」では、特定の条件下でのみ、直系卑属が相続対象となるとされています。

(子及びその代襲者等の相続権)
第887条

  1. 被相続人の子は、相続人となる。
  2. 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。

民法

この点を利用し、原告側は「傍系にもその規定を適用できるのではないか」と主張したのです。

しかし、裁判所は、親から子への相続を想定した「直系」と叔父・叔母から甥・姪への「傍系」では、代襲相続の適用範囲が異なると判断しました。特に、養子縁組の成立に伴う血族関係について、民法887条2項では、養子縁組によって新たに生じる関係性について、養子縁組前に生まれた子どもには適用されないとする規定が重要視されました。

最高裁の判断の核心

結論として、最高裁の判断は、「被相続人と兄弟姉妹の共通する親の直系卑属でない者は、代襲相続人とはなり得ない」というものでした。
この判断には、養子縁組前における血族関係の法的な解釈が大きく関与しています。

具体的には、養子縁組によって新たに形成された「兄妹関係」が、養子縁組以前に生まれた原告らにどのように適用されるかについての議論が行われました。すなわち、原告の母親Bは、親戚Dの養子となったことで被相続人Cの「妹」として位置づけられましたが、原告が生まれたのはこの養子縁組前であり、養子縁組後に形成された親族関係が原告には及ばないと解釈されました。

代襲相続の範囲をいたずらに拡大してはいけない

この判断には、昭和7年5月11日の大審院判例も根拠の1つとして引用されています。
この判例では「養子縁組前に生まれた子は、新たな親族関係を生じない」とされました。今回の最高裁判決もこれを踏まえた判断となっています。
これは、養子縁組によって形成された新たな血族関係を、養子縁組前から存在する者に適用することで代襲相続の範囲が無制限に拡大してしまうことを避けるための法的見解です。

最高裁判決の意義

この最高裁判決により、相続における傍系代襲相続の範囲が厳密化され、養子縁組前に生まれた子どもが新たに形成された親族関係による代襲相続の権利を持たないことが確認されました。この判決は、養子縁組によって拡大し得る親族関係を法的に制限し、無制限に代襲相続を認めない判断基準を示したものといえます。

まとめ

本件では、相続に関する法的解釈が整理され、特に傍系卑属に対する代襲相続の対象範囲が明確化されました。
代襲相続については、直系と傍系での取り扱いの違いが強調され、親族関係の変化が法的に及ぼす影響が制限されています。本判例が示すように、法的な親族関係を理解することは、相続の際のトラブルを防ぐために重要です。

最後に

今回は養子縁組前に出生した子は代襲相続の対象となるかについて解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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