強迫による契約取り消しと不当利得返還請求

今回は、消費貸借契約における強迫を理由とした契約取り消しと、それに伴う不当利得返還請求に関する最高裁判例を詳しく解説します。
この判例は、借主が強迫を受けて第三者に貸付金を振り込んだ事例において、借主がその振込によって利益を得たかどうかを巡る争いを扱っています。具体的な事件の背景や裁判に至る経緯、そして最高裁が下した判断について見ていきましょう。

【判例 最高裁判所第三小法廷 平成10年5月26日

事件の背景

この事件は、借主(甲)が強迫を受けて消費貸借契約を結び、その貸付金を第三者(丙)に給付するよう貸主(乙)に指示したことから始まります。
具体的には、甲は丁の強迫により、乙から3500万円を借り入れる契約を結びました。この契約に基づき、乙は甲の指示通りに、貸付金から利息を差し引いた3033万7000円を丙(E株式会社)の口座に振り込みました。

しかし、甲は後に、この契約が丁の強迫によって結ばれたものであるとして、契約を取り消す意思を示しました。
この取り消しにより、問題は不当利得返還請求に移行します。
乙は甲に対し、丙に振り込んだ金額のうち2941万7917円と、その利息を返還するよう求めました。乙の主張は、甲が消費貸借契約に基づいて丙に対して給付を指示し、その結果甲が利益を得たというものでした。

裁判の経過

第一審では、乙の主張が認められ、甲が貸付金の一部を利得したと判断されました。
裁判所は、乙が振り込んだ金額は甲の指示に基づくものであり、甲がその金額に相当する利益を得たと考えられるという理由で、不当利得返還請求が一部認められました。しかし、甲はこれに異議を唱え、上告しました。

最高裁判所の判断

最高裁判所は、このケースにおいて、甲が丙に対して給付を指示した事実自体は認めたものの、その背後にある特段の事情があったと判断しました。
具体的には、甲と丙との間には事前に法律上または事実上の関係がなく、甲が丙に対して給付を指示したのは、あくまで丁の強迫に従った結果にすぎないとされました。したがって、甲がこの給付によって利益を得たと見ることはできず、不当利得返還請求が認められるべきではないと結論付けられました。

最高裁の判決は次の通りです。
「甲が丁の強迫により消費貸借契約の借主となり貸主乙に指示して貸付金を丙に給付させた後に右強迫を理由に契約を取り消したが、甲と丙との間には事前に何らの法律上又は事実上の関係はなく、甲が丁の言うままに乙に対して貸付金を丙に給付するように指示したなど判示の事実関係の下においては、乙から甲に対する不当利得返還請求について、甲が右給付によりその価額に相当する利益を受けたとみることはできない。」

この判断の根拠は、消費貸借契約の中で、甲と丙との間に法律上の関係がなかったという点にあります。通常、消費貸借契約において、借主が貸主に指示して第三者に給付を行わせた場合、借主がその給付により利益を得たとされることが多いですが、本件では、甲が強迫を受けていたという特別な事情があったため、このような解釈がなされませんでした。

不当利得の返還義務)
第703条
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

民法

まとめ

今回の最高裁判例は、強迫を理由とした消費貸借契約の取り消しと不当利得返還請求に関する重要な判断を示しています。
特に、強迫を受けて第三者に給付を指示した場合、借主がその給付によって利益を得たかどうかは、背後にある事情に大きく依存します。本件では、甲が強迫を受けていたことが大きな要素となり、最終的に不当利得返還請求が棄却されました。このような判例は、今後の類似事件においても参考になるものと考えられます。

最後に

今回は強迫による契約取り消しと不当利得返還請求について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

また、この他にも有益な情報を逐次投稿しております。よろしければ他の記事もご覧ください。
投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

なお、業務に関するお問い合わせは、下記のお問い合わせ方法からいつでもどうぞ。
お問い合わせ - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

併せて読みたい記事

建物の修繕工事と不当利得の問題

今回は、建物の賃借人が修繕工事を行った後に無資力となり、工事を請け負った者が所有者に対して、不当利得返還請求を行った事件を解説します。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です