テレビ番組で弁護士に懲戒請求を呼びかける行為は不法行為か?

かつて、弁護士のテレビ番組での発言をきっかけに、特定の弁護士集団が全国の視聴者から多くの懲戒請求を受けるという事件がありました。この事例は、表現の自由と懲戒請求制度の範囲について多くの議論を巻き起こしました。
今回は、この判例をもとに、事件の背景と裁判所の判断を詳しく解説します。
【判例 最高裁判所第二小法廷 平成23年7月15日

事件の背景

登場人物と事件の発端

テレビ番組出演者

この事件は、某テレビ番組に出演した弁護士Aが特定の刑事事件に関する弁護団の弁護活動を批判し、視聴者に対してその弁護団に対する懲戒請求を行うよう呼び掛けたことから始まりました。弁護士Aは大阪弁護士会に所属し、タレントとしても活動している人物です。

弁護団と被告人

一方、批判された弁護団は広島弁護士会に所属しており、重大な刑事事件の被告人の弁護を担当していました。(あまりに凄惨な事件のため、ここでは事件の詳細は伏せます。詳細を知りたい方リンク先のページをご参照ください。)
彼らは被告人の弁護活動を行う中で、その方針に批判が集まっていました。

紛争の経緯

初審と上告審の流れ

事件の刑事裁判において、被告人は当初、自身の行為を認めていました。しかし、上告審において弁護団とともに弁護方針を変更しました。彼らは■人および強■の故意を否認する主張を展開しました。この新たな主張が一般的には理解し難いものであり、多くの批判を招きました。この変更により、被告人は犯行の動機や状況について新たな弁解を行うこととなり、その弁護戦略が世間の注目を集めました。

テレビ番組での発言

このような状況の中で、弁護士Aは出演したテレビ番組で弁護団の活動を厳しく批判しました。番組はトークショー形式で、弁護士Aは特に被告人の新たな弁護方針に対して強い不満を示し、視聴者に対して弁護団への懲戒請求を呼び掛けました。具体的には、「弁護団の主張は許しがたいものであり、視聴者もこれに対して行動を起こすべきだ」として、懲戒請求を行う方法を詳細に説明しました。

懲戒請求の結果

その結果、広島弁護士会には大量の懲戒請求が寄せられました。この懲戒請求は、インターネット上に公開されたテンプレートを使用して行われたもので、多くの視聴者が簡便に提出できるものでした。これにより、弁護団は多大な精神的負担を強いられることとなりました。

弁護団の対応と訴訟の開始

弁護団は、この大量の懲戒請求に対して、広島弁護士会での調査や反論を一括して行うことになりました。広島弁護士会の綱紀委員会は、これらの懲戒請求を一括で調査しました。結果として、弁護団の弁護活動が弁護士法に違反するものではないと結論付けました。このため、弁護団は懲戒処分を受けることはありませんでしたが、多数の懲戒請求に対する対応で大きな負担を強いられました。

弁護団は、この事態を受けて、弁護士Aのテレビ番組での発言が自身らの名誉を毀損し、精神的苦痛を与えたとして、弁護士Aに対して名誉毀損及び不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起しました。

(名誉損)第230条

  1. 公然と事実を摘示し、人の名誉を損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。
  2. 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

刑法

不法行為による損害賠償

第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法

具体的には、弁護士Aが視聴者に懲戒請求を呼び掛けた行為が不法行為に当たると主張し、慰謝料等の賠償を求めました。
訴訟において、弁護団は、弁護士Aの発言が弁護団の名誉を毀損し、無数の懲戒請求に対応する精神的負担を強いられたことを証拠として提出しました。これに対して、弁護士Aは自身の発言が表現の自由の範囲内であり、視聴者の主体的な判断に基づく行動を促したものであると主張しました。

こうして、裁判所は弁護士Aの発言が名誉毀損や不法行為に当たるかどうかを慎重に審理することとなりました。

裁判所の判断

表現行為としての評価

弁護士Aの発言は、娯楽性の高いテレビ番組内で行われたものでした。この番組はトークショー形式であり、出演者同士のやり取りが中心です。弁護士Aの視聴者に対する懲戒請求の呼び掛けは、視聴者自身の判断を促すものであり、視聴者が自らの意思で行動することを意図していました。そのため、この発言自体が直ちに名誉毀損や不法行為に該当するとはいえないと裁判所は判断しました。

懲戒請求の自由とその範囲

弁護士法第58条第1項に基づき、懲戒請求は広く誰にでも認められています。

(懲戒の請求、調査及び審査)

第五十八条 

何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。

弁護士法

この法律は、弁護士の不正行為や品位を欠く行為に対して、市民が広く懲戒請求を行えるようにすることで、弁護士の自治を確保し、公共の利益を守ることを目的としています。裁判所はこの点を踏まえ、視聴者が自身の判断に基づいて懲戒請求を行うことは法律上認められた権利であり、弁護士Aの発言はその行使を促すものであったと判断しました。

精神的苦痛の程度

弁護団が受けた精神的苦痛について、裁判所は慎重に検討しました。多くの懲戒請求が寄せられたことで、弁護団は確かに精神的負担を強いられました。しかし、裁判所はその負担が社会通念上受忍すべき限度を超えるものではないと結論付けました。この判断の背景には、以下の要因がありました。

  • 多くの視聴者が弁護士Aの発言に共感したこと。
  • インターネット上に公開されたテンプレートを使用することで、懲戒請求が簡便に行えたこと。

これにより、懲戒請求は大量に行われましたが、その手続きの簡便さや視聴者の主体的な判断が大きく影響していたとされています。

社会的批判の受容

弁護士らは、社会の耳目を集める刑事事件の弁護人であり、その弁護活動の当否について国民から様々な批判を受けることはやむを得ないとしました。これは、社会的に重要な事件に関与する弁護士として当然の責任とされました。

懲戒請求の一括処理

上記の懲戒請求は、ほぼ同一の事実を懲戒事由とするものであり、弁護士会の綱紀委員会による事案の調査も一括して行われました。これにより、弁護士らも一括して反論することができ、同弁護士会の懲戒委員会における事案の審査は行われなかったとされました。

判決の結論

最終的に、裁判所は弁護士Aの行為が不法行為に当たらないと判断し、弁護団の請求を棄却しました。判決は、弁護士としての表現の自由と懲戒請求の権利の範囲を改めて確認するものでした。

弁護士Aの発言は、弁護士としての職責を超えるものではなく、視聴者に対する懲戒請求の呼び掛けは法律に基づく行為であったと認められました。今回の判決は、弁護士の表現の自由と懲戒請求の権利について重要な判断を示したものです。

まとめ

今回の判例は、弁護士の表現の自由と懲戒請求制度の範囲について重要な示唆を与えるものでした。弁護士の発言が懲戒請求を促す場合でも、その行為が直ちに不法行為に該当するわけではないこと、懲戒請求が広く認められている以上、その行使に一定の自由が認められることが確認されました。

最後に

今回は懲戒請求を呼びかける行為は不法行為かについて解説しました。
今回は弁護士に関する事件でしたが、同様の事件は国民から広く懲戒請求を受け付けている他士業にも起こり得ます。また、近年ではSNS等で誰でも自由に自己の意見を発信することができるため、このような事案が当時よりも発生しやすくなっていると言えるでしょう。
くれぐれも、この判例の結論だけを見て「特定の士業従事者に対する公共の場での懲戒請求の呼びかけ=不法行為ではない」と判断しないようにご注意下さい。

また、この記事は特定の士業従事者への懲戒請求の扇動を推奨する意図は一切ございません。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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謝意

今回の記事は、沖縄県行政書士会の副会長を務められている眞榮里孝也先生のXでのポストに着想を得て執筆させていただきました。


眞榮里先生に対し、この場を借りて御礼を申し上げます。

また、眞栄里先生はSNSおよびHPで有益な情報を日々発信して下さっています。御興味のある方は是非ご参照ください。
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