労働保険料の徴収等に関する法律と事業主の原告適格

企業経営者の皆様、労働保険料の徴収制度について理解していますか?特定事業における労災支給処分がもたらす影響と、それに対する事業主の原告適格に関する重要な最高裁判例があります。今回は、この問題について判例に基づき詳しく解説します。
【判例 最高裁判所第一小法廷 令和6年7月4日

背景

事件の概要

この事件では、被上告人(事業主)が、上告人(国)を相手に、労災支給処分の取消しを求めた訴訟が問題となりました。被上告人は、労災支給処分によって自身の納付すべき労働保険料が増額されるおそれがあるとして、労災支給処分の取消しを求めました。

労働保険料の徴収制度

労災保険法および雇用保険法に基づき、事業主は労働保険料を納付する義務があります。保険年度ごとに概算額を申告し納付し、保険年度終了後に確定額を申告して不足額を納付する仕組みです。労災保険率は、業務災害等の予想費用に基づいて厚生労働大臣が定め、特定事業については※メリット収支率に応じて調整されます。

※メリット収支率

定義

メリット収支率とは、特定の事業における労働保険の財政収支バランスを測る指標です。具体的には、労災保険における保険料と支給される保険給付の額の比率を示します。この比率が事業主の労災保険料の算定に影響を与えます。

仕組み

労働保険料の徴収等に関する法律(徴収法)では、特定事業についての労災保険率を調整するためにメリット収支率を使用します。メリット収支率は、以下のような手順で計算されます。

  1. 過去の実績を元に算出
     連続する3保険年度の間における、労災保険法の規定による業務災害に関する保険給付の額などに基づいて算出されます。
  2. 基準労災保険率の調整
     連続する3保険年度中に、メリット収支率が一定の範囲(通常は100分の85を超え、または100分の75以下)を超えた場合、基準労災保険率が引き上げまたは引き下げられます。
  3. 将来の保険料への反映
     メリット収支率に基づく調整後の労災保険率が、次の次の保険年度の労災保険料に反映されます。
目的

メリット収支率の導入は以下の目的を持っています。

  • 公平性の確保
     事業主間の保険料負担の公平性を図るために、実際の災害発生状況に応じた保険料率の調整が行われます。
  • 災害防止の促進
     事業主に対して災害防止の努力を促すために、実際の災害発生実績に基づいて保険料率が調整されます。これにより、安全管理を強化しようとするインセンティブが働きます。

事件の経緯

上告補助参加人の労災認定

まず、上告補助参加人は被上告人の事業に従事していた際に、業務に起因して疾病にり患しました。この疾病について、労災保険法に基づき療養補償給付および休業補償給付の支給決定が行われました。労災保険の目的は、労働者が業務上の災害によって被った損害を迅速かつ公正に補償することであり、上告補助参加人のケースもこの趣旨に則ったものでした。

被上告人の取消訴訟

次に、被上告人である事業主は、上記の労災支給処分によって自らの納付すべき労働保険料が増額される可能性があるとして、支給処分の取消しを求める訴訟を提起しました。被上告人は、※労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項に基づき、特定事業について労災支給処分が行われた場合、その影響で労働保険料が増額される可能性があると主張しました。この増額は、事業運営に対する経済的な負担増加を意味します。このため、事業主にとって重大な問題となります。

※一般保険料に係る保険料率(徴収法第12条3項の要約)

定義と対象

厚生労働大臣は、特定の事業について、以下の基準に基づいて労災保険率を調整します。この基準は、連続する3保険年度の実績に基づいています。

調整の対象となる事業
  1. 100人以上の労働者を使用する事業
  2. 20人以上100人未満の労働者を使用する事業
  • この場合、同種の事業の労災保険率から非業務災害率を引いた率を乗じた数が厚生労働省令で定める数以上であるもの

3.その他、厚生労働省令で定める規模の事業

    調整の内容
    • 業務災害に関する保険給付の額
       連続する3保険年度における業務災害に関する保険給付の総額を基準にします。
    • 非業務災害率の減額
       保険給付の額から、過去3年間の複数業務要因災害、通勤災害、二次健康診断等給付に要した費用などを考慮した非業務災害率を引いた額を基準にします。
    • 第一種特別加入保険料
       特別加入者に関する保険料とその非業務災害率を調整します。
    メリット収支率の適用
    • メリット収支率が85%を超えるか75%以下の場合
      労災保険率から非業務災害率を減じた率を最大40%の範囲内で調整し、その非業務災害率を加えた率を次の次の保険年度の労災保険率とします。

    原審の判断

    原審では、被上告人の主張を認め、被上告人が特定事業について行われた労災支給処分の取消しを求める原告適格を有すると判断しました。具体的には、原審は特定事業の事業主がその特定事業に関する労災支給処分によってメリット収支率が変動し、その結果として納付すべき労働保険料が増額されるおそれがある場合、事業主は自身の権利若しくは法律上保護された利益が侵害されるおそれがあると認めました。そのため、原審は第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻しました。

    これにより、被上告人は労災支給処分の取消しを求める訴訟を続行することができるようになりました。しかし、この原審の判断に対して上告がなされ、最終的な判断を最高裁判所が下すこととなりました。

    核心部分

    最高裁判所の判断

    最高裁判所は、被上告人の原告適格を否定しました。その理由は以下の通りです。

    法律上の利益

    行政事件訴訟法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者を指します。しかし、労災保険給付の支給決定が特定事業の労働保険料の額に直接影響を及ぼすとは限らず、そのため特定事業の事業主は労災支給処分の取消しを求める原告適格を有しないと判断されました。

    (原告適格)
    第9条

    1. 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
    行政事件訴訟法第

    労災保険の趣旨

    労災保険法の目的は、被災労働者等の迅速かつ公正な保護にあります。そのため、労災保険給付の支給又は不支給の判断は被災労働者等に対する行政処分をもって行われ、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定には直接関係しないとされました。

    労働保険料の決定

    徴収法に基づく労災保険率は、将来にわたって労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことが求められます。特定事業の労災保険率は、基準労災保険率を基にしつつ、特定事業ごとの労災保険給付の額に応じて調整されます。このため、支給要件を満たさない労災保険給付の額は、労働保険料の額の決定に影響を及ぼすことはないと判断されました。

    判決の結論

    最高裁判所は、原審の判断を破棄し、被上告人の控訴を棄却しました。

    まとめ

    本件判決は、労災支給処分が特定事業の事業主の労働保険料に与える影響と、それに対する事業主の原告適格について重要な示唆を与えました。事業主が労災支給処分の取消しを求める際には、その処分が自身の法律上の利益に直接影響を与えることを具体的に立証する必要があることが明らかになりました。

    最後に

    今回は労働保険料の徴収等に関する法律と事業主の原告適格について解説しました。

    今回は以上で終わります。
    最後までご覧いただき、ありがとうございます。

    この記事が行政法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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