海は土地か?最高裁判例に見る所有権の境界

日本の法律における所有権の範囲はどこまで及ぶのか。特に海面や干潟の所有権については、過去の判例を通じて多くの議論がなされてきました。今回は、判例をもとに、その判断の経緯と法的背景について詳しく解説します。
【判例 最高裁判所第三小法廷 昭和61年12月16日

事件の背景

本件は、愛知県豊橋市周辺の海面に関する所有権を巡る訴訟です。
主な登場人物は、原告である被上告人らと、名古屋法務局田原出張所の登記官です。被上告人らは、土地登記簿に池沼として登記されていた干潟の一部(以下「本件係争地」)を共有持分として登記していました。しかし、登記官は「海没」による滅失登記処分を行いました。

事件の経緯

  • 安政五年(1858年)
    徳川幕府が新田開発許可を出し、尾張国名古屋の平民Jが開発を試みましたが失敗。
  • 明治七年(1874年)
    Jが愛知県令に対して海面の地券の下付を願い出て、鍬下年季中の新開試作地として地券を取得。
  • 昭和四四年(1969年)
    名古屋法務局田原出張所登記官が「海没」として滅失登記処分を実施。
  • 昭和五二年(1977年)
    再度の調査で干潮時に砂泥質の地表が現れることが確認。

判例の核心

本件の核心は、「海が民法第86条第1項にいう土地に当たるかどうか」です。民法第86条第1項は、所有権の客体となる土地を規定していますが、海がその範囲に含まれるかどうかについては明確な規定がありません。

不動産及び動産
第86条

  1. 土地及びその定着物は、不動産とする。
  2. 不動産以外のは、すべて動産とする。
民法

事件の詳細な解説

原審の判断

原審は、本件係争地が「人による事実的支配が可能であり経済的価値を有する地表面」であるとして、所有権の客体に該当すると認めました。しかし、最高裁はこの判断を否定しました。

干潟の性質

本件係争地は、干潮時には地表が現れる干潟であり、満潮時には海水下に没していました。このため、地表が現れることが所有権の成立に必要な条件であると主張しましたが、最高裁はこれを認めませんでした。

行政行為の重要性

過去において、Jが徳川幕府から新田開発許可を受けたこと、および明治政府から地券を取得したことが、本件係争地の所有権を証明するものとされました。しかし、これらの行為は所有権の確立には至らず、あくまで開発権や試作地としての地位にとどまるとされました。

最高裁の判断

最高裁は以下のように判断しました。

海の性質

海は古来より公共用物として一般公衆の共同使用に供されており、特定人による排他的支配が許されない。したがって、通常の状態では所有権の客体たる土地には該当しない。

過去の行政行為

過去に国が海の一定範囲を区画し、私人の所有に帰属させたことがあれば、その所有権は現在でも有効と解することができる。

本件係争地の性質

本件係争地は昔から海のままの状態にあり、埋立てが行われた形跡もないため、所有権の客体たる土地には該当しない。

裁判所の最終判断

最高裁は、以下の理由から、原判決を破棄し、第一審判決を取り消しました。

  • 民法第86条第1項の解釈誤り
    陸地と海の境界を満潮時の水際線とする解釈の誤り。
  • 所有権の客体とならない
    海は特定の者が排他的に支配するものではないため、所有権の客体とはならない。
  • 滅失登記処分の適法性
    本件滅失登記処分は、実体的な法律状態に符合するものであり、違法ではない。

まとめ

本件判例は、海が所有権の客体となるか否かについて重要な判断を示しました。海は基本的には公共用物であり、特定の者が排他的に支配することは許されません。しかし、過去の行政行為によって特定の者に帰属した場合、その所有権は現在でも有効とされる可能性があります。本件係争地の場合、過去における行政行為が所有権の確立に至らなかったため、滅失登記処分は適法とされました。

この判例は、土地所有権の範囲と海面の法的性質について考える上で非常に重要です。特に、不動産登記や所有権に関する問題に直面する際には、過去の行政行為や法令の解釈がどのように影響するかを理解することが求められます。

最後に

今回は海は所有権の対象となるかについて解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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