無権代理人の責任と過失の範囲について解説

無権代理に関する判例は、民法の解釈や取引の安全性を考える上で重要です。
今回は、判例をもとに無権代理人の責任と過失の範囲について詳しく解説します。
この判例は、「民法117条2項にいう『過失』が重大な過失に限定されない」という判断を示しています。
【判例  最高裁判所第三小法廷  昭和62年7月7日

事件の背景

この事件は、上告人が訴外Dの代理人として被上告人との間で連帯保証契約を締結し、その履行を求められた事案です。ここで、上告人は代理権がないことを主張し、被上告人には代理権がないことを知らないことについて過失があったと抗弁しました。

登場人物とその関係

  1. 上告人
    訴外Dの代理人として行動。
  2. 訴外D
    上告人の夫。
  3. 被上告人
    連帯保証契約の相手方。

事件の経緯

  1. 上告人は、夫である訴外Dの代理人として、被上告人との間で連帯保証契約を締結しました。
  2. しかし、上告人にはこの契約を締結するための代理権がありませんでした。
  3. 被上告人は、上告人が代理権を持たないことを知らずに契約を締結しました。
  4. 被上告人は後に、この連帯保証契約の履行を求めて上告人を訴えました。

これに対して、上告人は、被上告人には上告人が代理権を持たないことを知らないことについて過失があったと主張し、責任を免れようとしました。

判決の経緯と裁判所の判断

民法117条の解釈

民法117条1項(当時)は、「無権代理人は、その行為によって相手方に生じた損害を賠償する責任を負う」と定めていました。これは、無権代理人が代理権を持たないにもかかわらず代理行為を行い、その結果として相手方に損害が発生した場合に、無権代理人がその損害を賠償する責任を負うことを意味します。
※現在の民法117条に規定された無権代理人の責任は履行”又は”損害賠償です。一方を選択した場合、もう一方の責任は追及できません。

無権代理人の責任)
第117条

  1. 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
  2. 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
    1. 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
    2. 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
    3. 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。
民法(現在)

民法117条2項の規定

一方で、同条2項(当時)では、「相手方が代理権がないことを知り、または過失によって知らなかったときは、この限りでない」としていました。これは、相手方が代理権の欠如を知っていた場合や、知るべき過失があった場合には、無権代理人の責任が免除されることを意味します。

原審の解釈

原審は、「過失」を「重大な過失」に限定する解釈を採用しました。つまり、相手方が代理権の欠如について過失があったとしても、それが「重大な過失」でなければ無権代理人の責任は免除されないと判断したのです。しかし、この解釈は最高裁によって否定されました。

過失と重大な過失の区別

最高裁の指摘

最高裁は、「過失」と「重大な過失」は民法上明確に区別されていると指摘しました。例えば、民法95条(錯誤)、470条(債務不履行の損害賠償)、698条(無過失責任)などでは、「重大な過失」を要件とする場合には明確にその旨を記載しています。

過失の解釈

したがって、単に「過失」と規定されている場合には、それを「重大な過失」と解釈することは、法律の明文に反すると最高裁は判断しました。これにより、民法117条2項における「過失」は、通常の過失を指し、重大な過失に限定されるものではないと結論づけました。

無権代理人の責任

無過失責任

最高裁は、無権代理人の責任は無過失責任であるとしました。これは、無権代理人が代理権があると信じさせた行為に基づくものであり、相手方の保護や取引の安全、代理制度の信用保持のために特別に認められた責任です。

117条2項の解釈

このため、民法117条2項の「過失」は重大な過失に限定されるべきではなく、通常の過失も含まれると判断されました。無過失責任の趣旨に反することなく、相手方が代理権の欠如を知っていたか、通常の過失で知らなかった場合には、無権代理人は責任を免れます。

無権代理人による表見代理の主張

表見代理とは

表見代理は、相手方保護のための制度であり、相手方が代理権があると誤信する合理的な理由がある場合に、その代理行為の効果が本人に帰属する制度です。

無権代理人の主張の否定

最高裁は、無権代理人が表見代理の成立を主張して責任を免れることはできないとしました。表見代理は相手方保護のための制度であり、無権代理人がこれを利用して自己の責任を回避することは、制度の趣旨に反するからです。無権代理人が表見代理を主張することは、代理制度の信頼性を損なう行為とみなされます。

まとめ

この判例は、無権代理に関する法的責任を明確にし、取引の安全性を高めるための重要な判断を示しています。民法117条2項の「過失」が重大な過失に限定されないという判断は、無権代理の責任範囲を広く解釈し、相手方の保護を重視するものです。また、表見代理の主張が無権代理人にとって免責の手段となり得ないことも示されており、代理制度の信頼性を高めるための重要な指針となっています。

最後に

今回は無権代理人の責任と過失の範囲について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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