充当する債務を指定しないでした弁済の時効への効果は?
複数の債務がある人が特定の債務を指定せずに弁済した場合、債務全体への時効への効果はどのようになるのでしょうか?
今回は、この論点が争われた判例(最高裁令和2.12.15)を基に解説します。
※以下の判例では改正前の民法が適用されています。「時効の中断」とある部分は「時効の更新」と読み替えてください。
事件の概要
亡くなったA氏は、長男のY氏に3度にわたって金銭を貸し付けました。それぞれ①253万5000円、②400万円、③300万円です。以下、これらを「本件各貸付け」と呼称します。その後、Y氏は78万7029円をA氏に返済しましたが、この返済が遺族間で争点となりました。
A氏が亡くなった後、これらの債権は全てA氏の三女であるX氏に相続されました。そして、返済から10年後の平成30年8月27日、X氏はY氏に対し、貸付金と遅延損害金の支払いを求める訴訟を提起しました。しかし、Y氏は過去10年間の間に消滅時効が成立したと主張しました。
第一審および原審では、Y氏の主張が一部容れられ、本件貸付け②及び③に関する請求が棄却されましたが、本件貸付け①についてはX氏の請求が認められました。原審では、返済が債務②及び③についての承認とならないとの判断が下されました。
X氏はこの判断に不服を申し立て、上告を行います。
判決の要旨
原判決が変更され、本件貸付け②及び③に関する請求が認容されました。これは、同一の当事者間に複数の金銭貸借契約が存在する場合、借主が弁済を充当すべき債務を指定せずに全体の債務を一括して返済した場合、その返済は各債務の承認とみなされ、消滅時効を中断する効力を持つという判例に基づくものです(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決)。
具体的には、借主であるY氏が本件貸付け②及び③に関する債務が存在することを認識しており、返済時に特定の債務を指定せずに全体を返済したため、これが債務の承認と解釈されます。したがって、本件弁済は本件貸付け②及び③の債務の承認として消滅時効を中断する効力を有するという判断が下されました。
この判決により、X氏が提起した訴訟が認められた平成30年8月27日時点では、本件貸付け②及び③の消滅時効はまだ成立していなかったことが確認されました。
解説
債務の承認
本判決は、個々の債務に対する一部の弁済が、その債務の承認とみなされ、時効を中断する効力を持つことを示しています。このような一部弁済は時効の障害事由としての承認に該当します。
しかし、同一の債権者に対して複数の貸金債務を負う債務者が、特定の債務を指定せずに全体の債務を一部返済した場合、その時効の障害の効力がどの債務に対して生じるかという問題が生じます。本判決は、大審院判決全集5輯14号4頁で示された判例を引用し、特別な事情がない限り債務者はすべての債務の存在を承認したものとみなすとしました。
この判断に対しては、学説や下級審の裁判例から疑義や異論が示されています。近年の下級審の一部では、法定充当される債務についてのみ時効中断の効力が生じるとする見解もありました。
本判決は、昭和13年の大判判例を踏襲し、最高裁として初めてこの問題に関する明確な判断を示しました。そのため、理論的・実務的に重要な意義を持つものとされています。
複数債務の存在についての借主の認識
本判決では、借主が自己が契約当事者である複数の金銭貸借契約に基づく各債務の存在を通常認識していること、借主が特段の事情がない限り、債務の一部弁済を指定せずに全債務を弁済する場合、各債務の全ての存在を知っているとみなされることから、一部弁済を全債務の承認とする結論に至っています。時効の障害事由としての承認は、時効の利益を受ける当事者が時効によって権利を失う者に対して、その権利の存在を認識している旨を表示することであるとされています。本判決は、借主の債務の存在に関する認識と貸主に対する表示を問題とし、この一般的な理解に沿っています。
ただし、借主が全債務の存在を認識していたと直ちに言えるかには疑問があります。しかし、本判決は、借主が複数の金銭貸借契約を締結し、一部弁済をした場面に焦点を当て、この場面では経験則から借主が全債務の存在を認識しているという見解を示しています。ただし、特段の事情が存在する場合(例えば、借主が一部の債務が既に消滅していたと考えていた場合など)、借主がその立証責任を負うことになります。
まとめ
この判例を通じて、複数の債務がある場合に借主が一部返済を行った際の効果が明確化されました。特に、借主が特定の債務を指定せずに全体の債務を一部返済した場合、その返済は全ての債務の承認と見なされ、時効を更新する効力を持つことが判示されました。この判決は、借主が自らの契約に基づく債務の存在を通常認識しているという前提に立っていますが、特段の事情があれば借主がその立証責任を負うことが示されています。
最後に
今回は充当する債務を指定しないでした弁済の時効への効果について解説しました。
今回は以上で終わります。
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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)
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