隣地使用権の特殊事例について
自己の建物の修繕をする場合、隣地を使用することが可能です。
では、自己の建物が隣接距離制限に違反している場合はどうなるのでしょうか?
今回は隣地使用権の特殊事例について解説します。
目次
事例
A所有の甲地とB所有の乙地は隣接している。境界に争いはない。Bは、乙地上に境界から約10㎝の距離に本件建物を建築して居住している。一方、甲地は更地 (土地上に工作物もない) である。Aは甲土地を年2回程度草刈りをするなどして管理していた。1年前にAは死亡し、その後Aの相続人は全員相続放棄した。
Bは、本件建物を修繕するため、隣地である甲地を使用したい。可能であろうか?
解説:可能である
境界線付近の建築制限について
法令上、建物を建てる際は境界から50㎝以上の距離を確保しなければなりません。
(境界線付近の建築の制限)
第234条民法
- 建物を築造するには、境界線から50センチメートル以上の距離を保たなければならない。
ただし、その土地が防火地域や準防火地域に指定されている場合は規制が変わります。具体的には、建基法63条が適用されるとされています。
(隣地境界線に接する外壁)
第六十三条
建築基準法
防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる。
一方で、この規定は建築確認申請の際には直接審査されるものではありません。つまり、建築確認申請は公法上の規制への適合性を主に審査するものです。民法の相隣関係の適合性を厳密に審査するものではありません。そのため、民法に違反する建物に対して建築確認処分が下されることがあります。
要するに、境界線付近での建築には様々な法的制約がありますが、建築確認申請の適合性を重視するため、民法の規定が直接的には審査されないことがポイントです。
隣地使用権の行使について
土地所有者が隣地を使用することは、民法209条1項に規定されています。この条文によれば、所有者は一定の目的を達成するために、必要な範囲内で隣地を使用することができます。
(隣地の使用請求)
第209条民法
- 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
- 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
- 境界標の調査又は境界に関する測量
- 第233条第3項の規定による枝の切取り
Bが隣地を建物の修繕のために使用したい場合、隣地使用権の行使が可能です。隣地使用権は、使用権構成が採られているため、隣地所有者の承諾を得る必要はありません。
ただし、隣地使用権の行使には一定の条件があります。例えば、隣地が所有者不明であり、かつ更地である場合、裁判手続によらずに権利を行使することができるとされています。
しかし、本事例におけるBの隣地使用権の行使は、民法234条1項に反した建物の修繕を目的としています。このように自ら違法状態を作り出した場合、権利濫用とされる可能性があります。過去の判例でも同様の事例があり、隣地所有者による民法234条1項違反の建物所有者に対する収去請求は権利濫用には当たらないとされています。
したがって、Bは適法性を担保するために、以下の制度の利用を検討すべきでしょう。
所有者不明土地管理人または相続財産清算人の選任
土地の隣地使用権を行使する際には、所有者不明土地管理人や相続財産清算人の選任が必要となります。Bのような隣地使用権を行使する者は、利害関係者であり申立が可能と解されます。
所有者不明土地管理人の選任に関しては、民法264条の2第1項に基づき、裁判所に申し立てること必要です。
(所有者不明土地管理命令)
第264条の2民法
- 裁判所は、所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない土地(土地が数人の共有に属する場合にあっては、共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない土地の共有持分)について、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その請求に係る土地又は共有持分を対象として、所有者不明土地管理人(第4項に規定する所有者不明土地管理人をいう。以下同じ。)による管理を命ずる処分(以下「所有者不明土地管理命令」という 。)をすることができる。
裁判所が選任した管理人は、Bが希望する工事内容や利用目的などを検討し、隣地使用権の行使について判断します。利用が合法であり、所有者不明土地の性質を変えない範囲内であれば、裁判所の許可なしに行使することができます。
また、相続財産清算人が選任された場合も同様に、裁判所の許可なしに隣地使用権を行使することが可能です。
隣地使用権の特殊事例では、これらの手続きを踏むことで適法に隣地使用権を行使し、建物の修繕や利用を行うことができます。
まとめ
この事例では、境界線付近での建築制限や隣地使用権の行使に関する複雑な法的規制が絡み合っています。
民法234条1項の建物距離制限をはじめとする規定は厳格です。しかし、建築確認申請の適合性審査において直接的には審査されない点がポイントです。一方で、隣地使用権の行使に関しては、所有者不明土地管理人や相続財産清算人の選任を通じて適法化が図られる場合もあります。隣地使用権の特殊事例においては、適切な手続きを踏むことで法的リスクを回避しつつ、建物の修繕や利用を行うことができるでしょう。
最後に
今回は隣地使用権の特殊事例について解説しました。
今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)
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