最強の物権は所有権ではない?物権界のダークホース:留置権

法律を学ぶ者にとって、最強の物権は所有権であるというのが有史以来の常識です。
しかし、とある業界においてはその序列が崩壊することがあります。
なんと、不動産業界において非常に脅威とされる物権は、留置権です。
今回は、留置権が所有権に勝る場合等について解説します。

留置権とは

留置権とは、民法において定められた法定担保物権です。要するに、留置権は当事者の合意に依存しない、法律によって成立するものです。抵当権や質権のような設定契約が存在せず、物上保証としても考えられません。さらに、将来債権について留置権が成立することもありません。

留置権は条文上、以下のように定められています。

第295条(留置権)
1 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

民法

具体的な例として、物品の修理を委託された者は、修理代金を受け取るまでは物品の返還を拒否することができます。この場合、留置権が発生していると言えるでしょう。
また、留置権を発生させるためには、占有が「存続要件」です。占有がなければ留置権は存続しません。
例えば、先の例で修理業者が物権を依頼人に返還してしまうと、留置権は消滅します。
つまり、侵奪でもないので占有回収の訴えも不可能であり、依頼人から取り戻すことはできないことになります。

そして、留置権は登記をすることができません。
後述しますが、これが不動産取引において重大な影響を及ぼすことになります。

留置権は非常に特殊な物権

担保物権には、様々な性質があります。
その中でも留置権は他の担保物権とは異なる性質を持っています。
担保物権には一般的に付従性、随伴性、不可分性、物上代位性、優先弁済権といった性質を付与されています。
しかし、留置権にはこのうち、物上代位性と優先弁済権が存在しません。
物上代位性とは、目的物が滅失等した場合に、代わりの価値のあるものが目的物となることです。
優先弁済権とは、他者に優先して自己が弁済を受ける権利です。
この2つが認められないということは、担保物権としては致命的です。
なぜなら、借金のカタとしては全く使えない「目的物をただ保有しているだけ」の状態になってしまうからです。

そう、留置権は本当に「目的物をただ保有するだけ」の権利なのです。

売ることも使うことも原則としてはできません。もし勝手に目的物を使用した場合は相手方に留置権消滅請求をされてしまいます。
ただ保有し続けられるという点以外は、何も利点がありません。
つまり、あらゆる物権の中で最弱の権利であると言っても過言ではありません。

では、なぜこの最弱の物権が不動産業界では恐れられる存在なのでしょうか?

留置権が不動産業界で恐れられる理由

留置権が不動産業界で脅威となる点は以下の通りです。

  1. 登記ができない
  2. 消滅時効にかからない
  3. 本体となっている債権が消滅しない限り残存し続ける
  4. 合法的に消滅させるには債務者が相当の担保を供さなければならない
  5. 債務の全額を弁済しなければ、一切返還してもらえない

登記ができない

まず、「登記ができない」という点が非常に大きな要因です。
不動産の権利変動・設定は基本的に登記に基づいて行われます。
不動産を購入しようとする者は、まずはその不動産に抵当権等が設定されていないかを登記を確認して、常に警戒します。
しかし、登記ができない留置権はいとも簡単にその警戒網を突破します。
購入した不動産が、実は第三者によって留置されているようなことがあれば、救いようがありません。
留置権は対世効があるため、善意の第三者に対しても主張することができるからです。
この場合、購入者は売主に対して契約違反として賠償請求はできますが、留置権者に対して自分に不動産を引き渡せとは主張できないのです。

消滅時効にかからない

留置権は、それ自体が単体で時効で消滅することはありません。
つまり、主たる債権が消滅時効にかからない限り存続し続けます。
これは債権の弁済を相手方に要求するための権利なので当然でしょう。

本体となっている債権が消滅しない限り残存し続ける

これも、上記の留置権自体が消滅時効にかからないのと同じ原理です。
留置権の発生の根源となった債権が消滅しない限りは永久的に不滅です。

合法的に消滅させるには債務者が相当の担保を供さなければならない

このような堅牢強固な留置権ですが、弁済以外で消滅させる方法が2つあります。
一つは、前述したように目的物を留置権者が勝手に使用した際に債務者が行使できる消滅請求権です。

第298条
1 留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。
2 留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。
3 留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。

民法

これは留置権は「ただ保有し続ける」だけの権利なので、当然です。勝手に使ったり人に貸したりしてはいけません。

そして、もう一つが、相当の担保を供して消滅請求をすることです。

第301条
債務者は、相当の担保を供して、留置権の消滅を請求することができる。

民法

つまり、債務の担保と同等の価値があるモノを身代わりに差し出せば、目的物の返還を請求できます。
しかし、これはあまり現実的ではありません。
なぜなら、そんなに価値のあるモノを既に持っているならば、とっとと主たる債務を弁済できている筈だからです。

債務の全額を弁済しなければ、一切返還してもらえない

これもまた非常に強力な効果の一つです。
例えば、10億円の債務があったとします。このうち、9億9999万円を弁済したとしても、残りの1万円が弁済できなければ留置権は消滅しません。半分でもいいから返還してくれという請求もできません。留置権は完全なる債務の弁済を受けるまでは目的物の全部を留置し続けることができるのです。

まとめ

さて、ここまで読んだ方であれば、留置権が不動産業界では如何に脅威であるかが良く分かったかと思います。

比較的に安価な動産であればあまり脅威ではありませんが、これが不動産のような高価な物であれば悪魔の如き強力な物権と化します。
しかも、ここまで強力無比な効果を持ちながら、登記によって可視化されることもありません。目に見えない地雷原のようなものです。
全くもって恐ろしい限りです。自分は不動産系の投資は生涯しないようにしようと心に決めています。

最後に

今回は留置権が脅威となる場合について解説しました。

ちなみに完全に余談ですが、自分は受験生時代に物権を覚える際にはジョジョの奇妙な冒険のスタンド能力に例えて覚えていました。
所有権は最強の物権で誰に対しても主張できるので、近距離パワー型。担保物件は所有権ほどの圧倒的パワーが無いが、個々に癖の強い特殊能力を持つので遠距離操作型。留置権は発動条件が厳しいが一度発動すれば本体を直接叩くしかないので、自動操縦型……などなど、自分の好きなモノに例えると多少は覚えやすくなります。本当に多少はですが。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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